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日々是好日

報恩寺だよりho-onji Letter


No49平成31年3月15日 発行

白山拝登

 晋山式を執り行うにあたり、円満成就を祈願するため
平成30年8月21日・22日の日程で石川県の白山に登ってまいりました。白山は富士山、立山とならび「日本三名山」の一つに数えられ、古くから人々が仰ぎ見て、祈りをささげてきた山であり、修験の場として栄えてきた信仰の山です。また、白山妙理大権現さまは、大本山永平寺の鎮守さまであり、曹洞宗開祖、道元禅師さまも篤く信仰されていました。
白山は永平寺安居中に2回、青年会の研修で1回と合計3回の登山経験がありますが、今回は即心会(神奈川県東部、東京都多摩地区の曹洞宗寺院の研修会)のご縁で白山拝登の機を得ました。
まずは、鎮守さまを大切にすることの重要さを学び、体力づくりから始め、装備を整えていきました。最近は空前の登山ブームということでアウトドア用品が充実しており、機能的に優れたものが簡単にそろいます。準備万端、装備がそろったところで、昭和50年代の永平寺雲水が白山拝登をしている写真を目にし、網代傘、道中衣、手甲脚絆、わらじ、という神々しい出で立ちに心を奪われてしまいました。私もこの姿で白山拝登に臨みたいとう思いに駆られ、ホコリまみれになっていた網代傘をひっぱりだし、 あらたに道中衣を衣屋さんに注文しました。
しかし、雲水姿で行くということは体力的には負担が増えるということ、以前、雲水姿で白山拝登に臨んだのは20代のことで、今や還暦を目の前にして、体力作りもおろそかにしているこの身で、標高2700メートルの登山を全うすることができるのか心配になってきました。そこで、網代傘、道中衣のほかは最新の装備で行くことにしました。
体力も作っていかなければならないので、遅まきながら3か月前の5月からウォーキングを始めました。「体を動かし汗をかくのは気持ちいい」などと思っていると、ウォーキングを初めて2週間ほど経過したころ左ひざに違和感があります。症状はだんだん酷くなり、ついに正座をすることが出来なくなってしまいました。病院に行って診察してもらい、「転んだとか、ぶつけたとか、何か思い当たることはありませんか」と尋ねられたので、「最近ウォーキングを始めました」と告げ、レントゲンを撮ってもらいました。なんと、原因はウォーキングではなく「加齢により膝の関節軟骨がすり減って炎症をおこす」ということでした。さらに、「一番よくないのは正座です。」と言われ大ショックを受け、本堂でのお勤めは椅子に切り替え、「膝を支える周辺の筋肉を維持するためにもウォーキングは推奨」ということなので、痛み止めを服用し、膝のサポーターを着用しウォーキングを続けました。
いよいよ8月21日、白山拝登当日、漲る気力と体力、万全の態勢で登山口に向かいます。
6時10分 標高1245mいよいよ登山開始、はやる気持ちを抑えゆっくりと登っていきます。
登り始めて2時間ほどしたころから、左足のふくらはぎがつり始め、3時間を経過したころには両足がつってしまい、みんなについていくことが困難になってきました。今回、登山の様子を動画で撮影しようと常にカメラを手に持つため、ストックを持たずに臨みました。20年前青年会の研修で登った時は研修会のメンバーでストックを使っているのは私だけでした、しかし今回ストックを持っていないのは私だけです。「万全の態勢のはずだったのに」と思いながら、ストックに代わるものとして、携帯用の三脚と自撮り棒を組み合わせ杖代わりにしました。偶然ですが何となく錫杖をもった雲水のようなスタイルになりました。

登山開始から5時間20分、午前11時30分、本隊に遅れる事30分、なんとか室堂のビジターセンターに到着、鎮守諷経を勤め晋山式の円満成就を祈願しました。

高山植物を撮影しながら、花の名前がわかるようにと持って行った携帯用の植物図鑑も全く見る余裕もなく、撮った花の写真は休憩したところに偶然咲いていたトリカブトのワンショットのみでした。

登山途中、雨が降ってきたのでポンチョを着用していたのですが、やはり雲水風のいでたちは保たれていたようで、何人かに「お坊さんですか」と声を掛けられました。

その一人に、「亡くなった妻が白山さまの信者だったので四十九日の供養に、こうして白山に登りに来ました。ここでお坊さんに会えるなんて感激です。良い供養の登山が出来ました。」と手を合わせ拝まれました。
信仰の山を33年ぶりに雲水姿で拝登しましたが、僧侶としての責任を強く感じました。
 次回はストックを持って、鎮守諷経を勤めに拝登させていただきたいと思います。